巴里便り~今昔★オートクチュール修行@70年代

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巴里からの手紙

1971年11月14日(日)
東京の皆様、お元気ですか?? 巴里はもう寒い北風が街角を吹き抜けて行きます。私は元気で東京に居る 頃よりのんびりした毎日を送っています。今は凱旋門近くの安ホテルの屋根裏部屋に住んで居ます。
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来月1日からエッフェル塔の直ぐ傍にある高級住宅街の一室に下宿する事にしました。 老夫婦が暮らして居る古い素敵な建物の4階、日本の5階で部屋はとても綺麗です。台所は有りませんが電熱器が有り部屋で少々のクッキングはして良いそうです。トイレは専用、お風呂は週3回位い入れるそうです。 

門限とか規律の厳しそうなお宅ですが、体の悪い時の連絡先を心配して下さったり何かと安心出来そうです。 フランス語を習うのにもプラスになりそうですし。図々しい私の事、言葉が出来ないのに一人で出掛けて契約して来ました。奥様が英国人の為、英語とチャンポンでまあ何とか…

一度目に伺った時、日本人女性デザイナーで「サンローラン留学日記」の著者にお会いしました。 彼女の本を読んでいましたので話が合い一日、一緒に有意義に過しました。 この方の案内で クリスチャン・ディオール、 ギィ・ラロッシュ、フィリップ・ヴネ、エマニュエル・ウンガロ等、巴里の一流デザイナーのブティックを 見学出来 ました。 何処も目の飛び出る様な高級品で、一人では気後れしてしまいそうなお店です。 

運の良い事に、ジヴァンシーの店ではファッションショーも見る事が出来ました。
此方に来て思い掛けない方と知合い大変幸せです。 どうぞご安心下さい。

学校は夜間で午後7時45分~9時30分迄の1時間45分、毎日です。今はアテネ・フランセの復習なので付いて行けますが、その後は大変そう。クラスは外国人ばかり17~8人で日本人は一人。
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今のホテル、凱旋門の近くなので毎日見ています。凱旋門を下るとコンコルド広場、チュイルリー公園を抜けるとルーブル美術館、その先のノートルダム寺院も見学。ポンピドー大統領のエリゼ宮を通ってオペラ座は車中から 来て早一週間ですが車で見物したり… 東京より狭い巴里、大分見物出来ました。

画家の街、雨あがりのモンマルトル・サクレクール寺院の夜景は格別でした。街は石造りの古い洋館ばかり。 自分勝手のフランス語で地図を片手に一人歩き、まごつきながら地下鉄も… 
でも来て本当に良かったと思って居ます。 

ホテルはスプリングの壊れたベッド、寝るだけの部屋ですが、これも又経験かと~
12月迄の辛抱です。 6階迄の螺旋階段は少々シンドイですが… では又を、お楽しみに。
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# by paridayori | 2010-11-14 06:02 | 仕事仲間 | Trackback | Comments(0)

初冬のルクサンブール

11月の冷たい雨にたゝられた昼下り ふと訪れた雨あがりの公園 ひと気も無く 
葉を落とし寒々とした木々のもと 温かな絨毯のような一面の落葉 美と静寂のひととき
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 敷き詰められた枯葉の絨毯~
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# by paridayori | 2010-11-10 08:31 | 風景 | Trackback | Comments(0)

東京国際空港からの離陸

1971年11月7日、日曜日、羽田発12時50分。 同日夕刻に巴里着陸。 亥年生れの猪突猛進。 
何も考えず思い立った事を実行するのみ。 若さに任せ将来の展望など持たず。 心に決めて居たのは最高の技術 オートクチュールを学びたかっただけである。 そして自分の亥年中に如何しても渡仏を実現したかった~~~ 

当事一番安いアエロフロート便、片道18万円のチケットを大事に握り締め、月賦で買ったお気に入りの赤い スエードの半コートに身を包み~ 20kgのサムソナイトを持って羽田空港を飛び立った。 どんより曇った日だった。 家族と親しい友人に見送られて飛行機に乗り込んだ… 機体が見えなくなる迄、手を振り娘の名を呼び続けた~ 父親の姿を知る由も無かった~~~
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機内では英語のアナウンスなど一切無い。 例え有った所で解る程の英語力など、持ち合わせて居なかった。 機内には日本人たった2人?? 仕事で渡仏するカメラマンの男性と隣あわせ~ アエロフロートの機内でしっかり覚えているのは、ちょっとやそっとで溶けないしっかり固まった角砂糖だけである。 本当にお砂糖か?とさえ 思った…

途中給油で止まるのはモスクワだけ~と、説明を受けて居たので、飛び立って直ぐに着陸した時は何も解らず、疑問も持たず 『 ここがモスクワか…』 と。 今思い出せない位、印象の薄い場所だった。その後もう1度着陸。  おろされた空港は辺り一面雪に覆われ、軍服に銃を持った兵隊に見守られ~ て居たのでは無く監視されて? 着陸。 ソ連時代のモスクワだった。 連れられて入ったのは、空港と言うより5~60年代の日本の公立小中学校の~ 体育館を思い出させる様な、殺風景なガランとした建物だった。

知らぬが仏と言うのか… 歴史や地理、政治など全て学校にお返しして来た私には、共産圏に危機感を抱くすべも無く~ソ連モスクワが何で有るかなど知る由も無く、見る物全てが初体験 『 へェ~…』 と言う~ 誠にあっけらかんと過ごした 数時間だった。 後で解明したのは、始めに給油に止まった所がナホトカだったと言う事。 でも私だけで無く、仏人の友も同じ様に当事ナホトカでの給油の事情は聞かされて居無かった~と話していた。

やっとパリに辿り着いて飛行機のタラップを降りながら『あ~是が巴里のオルリー空港か』と感激に浸る間も  無く、同乗の日本人カメラマンにホテルの住所を見せると『此処からは随分遠いよ…』と言われ『でも空港の傍のホテルを予約してもらって置いたのですが…』
荷物を持って外へ出ると、思いも掛けず友人が迎えに来て呉て居た。 友人は 『 空港が変って慌てて飛んで来た。 此処はオルリー空港じゃ無い、ブールジェだ!』 と聞かされ~ 宛てにしていなかった友人の出迎えに、救われた思いだった。 然し到着空港の変更等、何のアノンスも無かった様に感じたけれど… 解らなかったのは私だけか???

その夜は凱旋門を背にシャンゼリゼを闊歩した。 色々トラブルずくめの巴里スタート~  回想録
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母が保存して居て呉れた≪羽田空港見送りデッキ入場券≫裏表
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# by paridayori | 2010-11-07 07:11 | Trackback | Comments(0)

不安な心境

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# by paridayori | 2010-11-05 23:22 | Trackback | Comments(0)

渡仏前の不安

1971年10月29日(金)

渡仏を10日後に控え~自分の考えに大きな誤算があった様で有る。 余りに無知と言うか無謀と言うか~  然し此処まで来てしまった。 もう突走るより仕方が無い。 例えこの行動が無知で余りに考え無しであったとしても、其れは自業自得。 困れば、困るなりに自身を最大限に活用する他、道は無い。 今迄の人生で大きな壁にぶつかる様な努力をした事が無い。 世界の怖さも忘れ今、飛び立とうとしている。 自殺行為である。 
然し、人間、自殺しようと思えば何でも出来る。 身を粉にして働く事、好きな道、生きがいのある道を求めて突き進んで行く。 この怠け者を叩き直す為にも苦しいどん底から立ち上り、そしてきっとやり抜く。 二年半立たなければ帰って来てはならないと心に決めて。 協力して呉れた家族、友人、皆の好意、愛情に報いる為にも頑張ろう!!  人生は一度きり、人間は一人きり、自分との戦い孤独に打ち勝ち頑張って生き抜こう。 過去は振り返らず前進のみ!!! 
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# by paridayori | 2010-10-29 20:33 | 花:植物:自然 | Trackback | Comments(0)
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夢を叶えた落ちこぼれの巴里修行


by paridayori
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