巴里便り~今昔★オートクチュール修行@70年代

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災難は忘れた頃に

1974年6月5日(水)
『 災難は忘れた頃に…』 と言いますが、10年ぶりに再難~?が訪れました。 10年程前の同じ時期に右手の人差し指の辺りが、何かに被れた事が有りました。 原因不明でしたが、先日、あの時と同じ様な被れを目に受けたのです。
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先週の木曜に左目の瞼に何か違和感を感じたのです。 翌日の朝、少々腫れていました。 赤い小さな粒が出て来たので薬を買いました。 何時もは被れを気にして滅多にメンタム、オロナイン軟膏以外は使わないのですが、旅行も控えていた為、早く直る様に~と。 

薬屋さんは 『 アレルギーの有る人でも心配ない軟膏 』 と言っていましたので… でも土日月と腫れはひどくなり、朝、鏡に向かう度に「お岩さん」の様に腫れ上がっていく、自分の顔に唖然とするばかりでした。 この酷い顔を モニックの家族や皆に見せては悪い~ と思いガーゼを当てていたのが逆に良くなかった様です。

月曜の夜、巴里に戻り其の晩はモニックの家へ泊まり、翌朝は右目も腫れ始め為、急いで家へ戻り直ぐ裏の病院へ行きました。 目に異常は無く単なる被れでした。  塗り薬と飲み薬をもらい大分良くなりました。  右目の腫れが 引く事を祈りつつ。 それにしても日に日に上下瞼が腫れ上がり、目も開けられない状態・・・ 映画の[お岩さん]をご想像頂ければ解ると思います。 青いあざでは無く火傷の様に赤くただれて― 

この間を、モニックの家で過せて良かったと思います。  原因不明で腫れ上がって行く顔を鏡に写し、三日間を一人家で過したら不安で気が変になったかも。  かぶれと解って安心しましたが、何の痛みも無く少々かゆみが有った程度で日に日に腫れが酷く 『 このまゝ直らないのでは無いか?』 と大きな不安を感じました~ 顔なので。

日本の家に居たら大袈裟に一人で騒ぎ散らし 『 あゝ如何しよう~お母さん 』 と何時もの例を想像しながら、そんな姿が 滑稽に思い出されます。  今は泣きわめいても一人~ 時の経つのを待つより仕方有りません。  お父さんの言う様に  『 時が解決して呉れる 』 焦らず全快を待ちます。 

三日間、付いてない休暇でした。 とは言え日曜日は海へ行って来ました。 潮風に当れば良くなるだろうと、皆に勧められ出掛けました。 良い天気に恵まれ、人気の無い広い砂浜、何処までも青く美しい海も、片目でしか見られませんでした。 近い内、フィルムを送るつもりですが醜い顔も写って居ます。 変な記念ですが思い出の一ページとなるでしょう。  顔は如何であれ、気はしっかり持とうと心に言い聞かせ頑張った思い出――?? 

いつも大袈裟ですが、今回は変り果てたこの顔が一生戻らないのでは~?と考え、不安な日々でした。 こんな事を書くと又、両親を心配させる原因となるかも知れませんが、報告として読んで下さい。  私も滞在期間を余り伸ばす気は有りませんが、私の性格は直ぐに人に頼る面が強いので、こうした経験も又、身になると思います。 

結婚してもしなくても、何に於いても 「自分」 をしっかりさせなくては~とこの頼りない人間を鍛えるつもりです 。 日本へ帰って仕事や結婚の不安、絶望にも耐えられ~ 何事に対しても恐れずぶつかって生きて行ける精神を、養って帰るつもりです。
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by paridayori | 2013-06-05 17:50 | 花:植物:自然 | Comments(0)
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夢を叶えた落ちこぼれの巴里修行


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